「東部海浜開発の真実〜開発と環境を両立させたプロジェクト〜」(泡瀬復興期成会、平成17年10月1日)
の問題点
泡瀬干潟を守る連絡会 2005年12月13日
T.はじめに
表題の冊子が公表されています。この小冊子は、泡瀬干潟埋立推進派が、どのような価値判断で泡瀬干潟の埋立にかかわってきた
のかを知る一つの資料として重要です。ところで、この小冊子はまた多くの問題点を含んでいます。この冊子の問題点を指摘すること
は、埋立問題についての議論の発展のために大切なことだと思われます。そのような立場で、泡瀬干潟を守る連絡会として見解を示す
ことにしました。
U.この冊子の内容の問題点
この小冊子には次の問題点があると思います。
(1) 陸に接していた案を「人工島・出島方式」(陸から250〜300m離す)に変更させたことで、自然環境が保全され、環境問題が
全て解決されたかのように認識していることは、大きな問題点です。その科学的なデータをなんら示すことなく「海岸線が残り
広大な水路が形成され、野生生物の新たな住みかになりうるとの会独自の調査結果を得た。」などとバラ色に描いている。
出島方式の埋立は前例があり、自然環境の保全になってなく、環境の悪化を招いている事実を見ていない。次にその身近な例を
二つ示す。
例1. 隣の新港地区も出島方式だが、残された干潟はかっての健全な干潟ではなく、野鳥が激減した、オキシジミなどの貝類が
採れなくなり、食べられなくなった、トカゲハゼを保全するために毎年約600匹の稚魚を人工放流しなければならなくなっ
た、残された干潟は悪臭がある(浄化機能が衰えている)等の問題がある。
例2. 福岡の和白干潟埋立も出島方式(陸から500m離してある)であるが、残された干潟が富栄養化し(陸からの汚染が進み)
アオサ(フタエグサ)等が異常発生し、その撤去に莫大な費用がかかっている。また、残された和白干潟への野鳥が激減
している。また富栄養化で異変(微生物の異常発生)が起こり、酸欠状態になり貝類の大量死が起こっている。
和白干潟埋立では裁判(公金差止訴訟)の判決もあり、出島方式で環境が保全されるという市のアセスがズサンであったこ
とが判決文で明記されている。1998年の判決であり、関係者は和白干潟を視察しているので、その事実を知っているのに、
問題点を隠している。
下記は和白干潟を守る会のホームページです。アクセスして見て下さい。
http://www.bekkoame.ne.jp/~miyakodori/
事業者や推進派は、出島方式になり干潟が約80%残るから、自然環境が保全されると宣伝している。しかし、新港地区や
和白干潟の例をみると、それは根拠がなく、自然環境の悪化を招いている。
(2) 泡瀬埋立は1998年国が土砂処分場として参画するまでは、沖縄市の単独事業(産業廃棄物処分場)また沖縄県との共同事業
(港湾施設建設)として進められてきたが、沖縄市(県)の埋立申請に対し、国は採算性・将来性等の問題から1998年まで認可
しなかった歴史的な経緯を全く触れていない。(国も、これまで認可しなかったのに、急遽土砂処分場の必要から認めた経緯につ
いての説明責任を果たしていない。)
※ 「この小冊子は沖縄総合事務局、沖縄県、沖縄市、泡瀬復興期成会、プライド泡瀬が協力してまとめたものです。」と
あとがきがある。一部推進派の小冊子に、沖縄総合事務局、沖縄県、沖縄市が協力することの問題点は、改めて追及し
たい。行政が、一部推進派の運動に加担することに問題はないか。
(3) 出島方式に変更し、米軍泡瀬通信施設の制限水域を解除して進めるという当初案は沖縄市議会の全会一致で進められた。
しかし、仲宗根現市長に代わり、埋立後約30ha(沖縄市が沖縄県から購入する90haの3分のT)が米軍用地(沖縄市と
の協定により共同使用地)になることになり、沖縄市議会の全会一致が崩れてきた。これは、大きな問題なのになにも触れ
ていない。
(4) また、出島方式の案でも、当初、制限水域にかからない陸から500M離す案もあったが、北中城村の漁業補償(アーサ
養殖)、市の負担増の問題で変更された経緯もあるのに、なんら問題点の指摘もない。
(5) 米軍泡瀬通信施設は返還が予定されていたが、地主(泡瀬復興期成会やプライド泡瀬の関係者も多数いる)の返還反対の
陳情で米軍がそのまま居座っていることの経過が全く触れられていない。経緯のなかで「返還の目途は立たなかった」と記
しているが、事実を誤魔化している。通信施設を返還させ、そこを中心にリゾート地とする案もあったが、地主の反対で駄目
になった経緯もある。
(6) 新港地区の埋立に使えなかった浚渫土砂の処分場としての埋立の問題点を指摘せず、「埋立地がほしい東部海浜開発計画、
土砂の処分先が必要な国、まさに両者のタイミングが重なった」と諸手を上げて喜んでいる。しかも、「新港地区で・・航路
の水深を確保するために海底を掘るものであるが、掘った土砂の処分先として予定していた新港地区が満杯となり国も土砂の
処分先に苦慮していた。」などと事実経過を誤魔化している。事実は、浚渫土砂は質が悪くて使えずに、購入土砂で新港地区
を埋めたので、浚渫土砂がのこり、その処分に国は困っていたのである。
もし、仮に「新港地区が満杯」で浚渫土砂があまったのであれば、新港地区の埋立そのものの事業計画書がズサン、大きな
計算ミスであり、申請した沖縄県、許可した国の責任が問われる。泡瀬の埋立面積は187haもあり、埋立に必要な土砂は
930万立方メートル(「事業の概要」より)です。10トン車で8立方メートルの積載量ですから、10トントラックの台数
に換算すると116、250台分です。これだけ莫大な量を余らせた事業計画の責任が問われることになります。
(7) 沖縄市は面積の36%が米軍用地であり、新たな大きい事業を行うには「海に求めて行かざるを得ない」とあるが、昭和
61年頃はそのような状況もあったと思われるが、現時点ではこれも誤魔化しである。
米軍基地旧知花弾薬庫の一部と地花サイト(自衛隊白川分頓地)が契約期限切れで返還が可能であったが、仲宗根市長に
代わったとたん、20年継続使用を契約した。そこは自然との共生・農業と連携した観光地構想が進んでいたが、立ち消え
になってしまった。
また、大学院大学の用地として泡瀬ゴルフ場跡地が国から打診され、泡瀬埋立の代替案として提起されたが、沖縄市側は
それを断った経緯もあるといわれている。もしこれが事実とすると、沖縄市は市の将来発展構想を大きく見誤ったと言わざる
を得ない。
(8) 小冊子は、反対派は「東部海浜開発が干潟全体を埋立てる」「地域において十分議論されていない開発である」と誤解してい
ると指摘しているが、それこそ大きな誤解である。私たちは、干潟とそれに続く浅海域が187ha埋めたてられると、残った
干潟が健全な干潟でなくなり、自然環境が悪化し、野鳥も激減し、貝も食べられなくなるだろう、と主張しているのである。
【泡瀬人にとって現在の泡瀬の海は「既に死んでいる」、排水路はこげ茶色の廃水を垂れ流し続け、海への出口では汚臭を発
している。干潟で採れる貝類は、かってを知る泡瀬人には、恐ろしくて口にできない】(以上この冊子からの引用)という
場所が、出島方式で埋めたてられたら、陸と出島の間に残った干潟は、今以上に悪くなるのは当然予想されることである。
それとも推進派(一部の泡瀬人)は、残された干潟は今よりもきれいになり、悪臭はなくなり、貝も食べられるようになると
思っているのだろうか?この論理が私たちには理解できない。
また地域で埋立について十分論議したとしているが、それは利害に絡んだ一部の人たちであり、市民にはほとんど知られて
いない。数々のアンケートはそれを示している。工事が認可された時点で、どこが、どのように、どのような予算で、どの
ような規模で、埋立てられるのか知らない市民が圧倒的であった。泡瀬に住んでいる住民でも同じであった。現時点では、
新聞等で大きく報道され概要が少し市民に知られるようになったが、いまでも「何がつくられるのか分からない」市民も多
い。 また、先に引用した文で「干潟で採れる貝類は、かってを知る泡瀬人には、恐ろしくて口にできない」としているが、
泡瀬干潟の浄化機能に理解のない、泡瀬干潟の貝類の生産性のたかさ、そしてすばらしい泡瀬干潟を誇りに思わない一部の
「泡瀬人」こそ哀れである。泡瀬干潟では年中(特に春頃)潮干狩り(貝、シガイ、アーサ、モズク)が行われ、魚釣り
をする人、海から採れる物で生活の糧にしている人がいる。人々は泡瀬干潟のすばらしさを満喫しているのです。
私たちは、このような泡瀬干潟を残してほしいのです。
(9) 平成13年10月に実施した「美ら島を創る市民の会」の賛成署名者85,395(市民の68%)を紹介しているが、この署名
行動は事業を推進させる目的で当時の尾身沖縄担当大臣の叱咤激励で行われたものであり、政治的なパフォーマンスで
あった。いくつかの問題点を指摘しておく。
・住民監査請求等の署名と違い、選挙管理委員会の点検などは一切ない署名である。
(「市民の会」の数の発表だけであり、公正な機関の点検もなく、一般市民の閲覧もない。)
・ 署名の翌年の市長選の出口アンケートでも、仲宗根現市長に投票したが埋立反対であるという人もおり、全体では
埋立対が過半数以上を占めていた。また、このアンケートの回答で、「市民の会」の署名に1人で50回も書いた
という人もいた。
・沖縄タイムス、琉球新報、沖縄環境ネットワーク、京都大学大学院生によるアンケートでは埋立反対が過半数を超えている。
本当に埋立事業を推進する人が市民の68%であれば、推進派はそれに自信を持ち、当時私たちが市議会に要請していた
住民投票条例制定に賛成し、埋立賛成・反対の住民投票をすべきであったが、推進派はそれを拒否した。
市民合意は言葉だけである。
(10) 最後のページに「プライド泡瀬の声明」が載っているが、内容の理解に苦しむ。また、一般の人には「泡瀬復興期成会」
や「プライド泡瀬」がどういう組織であるのか分からない人が多い。「泡瀬復興期成会」については、歴史的な経過はあ
るが、実態が不明です。「プライド泡瀬」については、何の説明もなく、「声明」だけが掲載されています。
また二つの組織がどういう関係なのかの説明もありません。そのあたりも明らかにしてほしいものです。
・ 度重なる埋立事業(区画整理事業)で「湿地等が消え陸地の環境が激変することを目の当たりしてきた」とあるが、湿地が
消えることに反対することなく、埋立を推進してきたのは、泡瀬復興期成会やプライド泡瀬の人たちであった。そして、埋立
ごとに塩田の権利、米軍基地(泡瀬通信基地)に土地を取り上げられてきたことへの補償として、埋立地を復興期成会の土地
として確保してきたと言われている。現在「泡瀬復興期成会」は莫大な資産と財産があるといわれているが何故なのか?
その解明も必要ではないか? 湿原が失われたのは誰の責任なのか?
・ これまでの埋立で湿原・自然環境が失われたことへの反省から、これ以上埋立をせずに現在残された沿岸域を整備(下水道の
完備、下水道への接続、沿岸域の陸化防止等)し湿原を取り戻すというのであれば理解できるが、早く埋め立てて、陸と
出島の間を湿原にするというのは、先の【現在の泡瀬の海は「既に死んでいる」、排水路はこげ茶色の廃水を垂れ流し続け、
海への出口では汚臭を発している】との認識からすれば、潮の流れが堰き止められ、逆に悪臭を放つ湿原ができる可能性が
あるのではないか? また、そこは、事業者は人工干潟(細砂性干潟)を創りクビレミドロを移植するとしているが、それとの
整合性はどうなっているのだろうか? トカゲハゼも人工干潟(泥干潟)を創り保全するとしているが、ヨシの湿原で生息
が可能なのだろうか?
・ 一方では、干潟・海への愛着からそれらを残すために「出島方式」にし、大きな水路を確保したことで自然環境を保全させた
(それは自然環境の保全にはならないが)といいながら、一方で出島と陸の間を湿原にする(湿原にするためには、大量の
泥を投入しヨシ等の植物が生えるようにしなければならない)、水路を狭くする、という主張は矛盾すると思うがどうか?
(あるいは、湿原にしたあと、悪臭のためそこも埋めてしまえということになるのか?)
・ 新種・貴重種を保全するために埋立をせずその保全策(沿岸域の保全策も含む)を国・県・市あげて行う必要があると私たち
は主張しているのに、声明は「貴重種・重要種の現況での保全には疑問があるので、事業の完成を急ぎ、環境を安定させるべ
き」とある。事業が完成(埋立が完成)すれば、新種・貴重種・重要種が生息していた場・種が消滅するのに、事業を推進し
て環境の安定させる、というのは、「埋立てれば、その後はそれなりの新たな環境が出来安定する(プライド泡瀬幹部、新聞
投稿内容)」ということで、それを新たな環境の創造というならば、いい環境は破壊され、開発行為に歯止めはかからないだ
ろう。
V.泡瀬の歴史はこの小冊子の歴史記述にあるとおり苦難の歴史でありました。泡瀬人が、その苦難の歴史に立ち向かい泡瀬の復興に
力を注いできたことに敬意を表したいと思います。泡瀬が米軍の通信施設として取り上げられ、そのために故郷に長い間帰れず、苦
しい思いをしてきたことは、いまなお同じ思いをしている人々が多くいることとあわせて、解決しなければならない沖縄の課題です。
しかし、現在、泡瀬通信施設返還の問題は、別の次元の問題になっています。地主が返還してほしくないという要望で、返還され
ないのです。その「代償」「沖縄市は36%も米軍基地に取られている」として泡瀬干潟埋立問題があります。そして、泡瀬地域、
沖縄市、中部圏の発展のために泡瀬干潟を埋立てることについては、様々な議論があり、賛否両論があることも事実です。
泡瀬復興期成会の中でも賛否両論があるのではないでしょうか。また、現在泡瀬地域に住んでいる人は、かっての泡瀬人だけでなく、
県内外多くの地域からの移住者が多数を占めていることも事実です。泡瀬に住んでいる人の中でも賛否両論があることは、当然の
ことです。泡瀬復興期成会や泡瀬プライドの意見が泡瀬に住む人々の意見を代表しているわけでもありません。
現在、埋立工事が始まっていますが、沖縄市や中部圏の将来の発展を展望するためにも、埋立問題を議論し、その問題を解決
するために努力することは大きな意義があります。
私たちの問題点の指摘が、幅広い討論、議論を巻き起こす契機になれば幸いです。